「野良犬の夜は長く」⑤~拙訳「あいびき」について

  年の瀬になるとセンチメンタルな気分になってしまうのは人の常、というか私の常である。今年の私は一体何を成し遂げたであろうか。色々と考えてしまい、夜しかぐっすり眠れなくなってしまう。まぁ、昼寝もするのだけれど。

 さて、昨日2021年が始まったように思えるのだが、気づいたら12月になってしまっていた。もういくつ寝ると新しい年がやってくるなんて到底信じられない。「人間が勝手に決めた暦に従うなんて馬鹿らしい」と割り切れればいいのだろうけど、そんなに強い人間ではないのである。今年の反省と称して1年間の思い出を振り返ることが多くなる。部屋の真ん中に座って、瞑想をするのである。「反省」「瞑想」といえば聞こえはいいが、その実ただ単に何も考えずに座っているだけである。ソシャゲの周回をしている方がまだ生産的だ。

 何が言いたかったかと言うと、12月に入ってから、今年の自分自身の活動について考えることが多くなったということと、それにつられて更に過去の出来事に関しても考える時間が長くなったということである。ちなみに、今年は自分のホームページも作り、ブログも定期的(?)に更新していたので、素晴らしい一年だったのではないでしょうか。

 ただ、ロシア文学とロシア語に関してはやっぱり学生時代のように時間をとれるわけではないので、まずまずの活動だった気がするのである。ことにロシア語については、使うことが殆どなかったので、危機的な状態だ。そういう時に過去を理想化して思い出してしまうのが私の悪い癖なのである。ああ、まだ資本家たちに搾取されていなかった幸福な時代、私はあんなにもロシア語に時間を割いていたのだ

 思い出は純化され美化されるのが世の常なので、どうせ学生時代もそんなにロシア語へ時間を割いていないと思うのだが、12月の寒さと関東の乾燥に耐えながら人間の生を送っている一人の小さな人間の心の慰めにマジレスする必要もあるまい。ここまで読んでいただいた方はわかると思いますが、今回はいつも以上に自分語りが多めです。

 そんな理想化された学生時代に思いを馳せていた時、私はツルゲーネフの作品の一部を日本語訳した事を思い出したのだった。その作品とは「あいびきСвидание」である。

 イヴァン・セルゲーヴィッチ・ツルゲーネフは19世紀半ばを代表するロシアの小説家で、中でも代表作の『父と子』は当時のロシアの知識階級における青年の代表的タイプを描いた作品として知られている。1818年にオリョール市に生まれた彼は、厳しくも独立心の強い母に育てられ、モスクワとペテルブルクの大学で勉学に励んだ。1847年に『猟人日記』の第1章である「ホーリーとカリーヌィチ」を雑誌『現代人』で発表。この『猟人日記』の第19章が、「あいびき」という題名の作品である。

 彼の作品の特徴は、その流れるような音楽性と言われている。ロシアの大地に広がる自然、季節の移ろい、それとともに表情を変化させる草木、そして花を彼の文体は歌うように描く。その作品は明治時代には日本の文学者にも影響をあたえた。二葉亭四迷がツルゲーネフの作品の翻訳から「小説」の文体を手に入れ、それを基にして『浮雲』という、日本の言文一致体で書かれた小説の始まりを告げる作品を書いたことは有名である。

 私がツルゲーネフの作品を日本語訳したのは、まだ自分がロシアにいた頃で、日本に戻る直前の時期だった。帰国したらすぐに就活という運命が待ち受けていた私は、何らかの(確かペテルブルク大学主催だった気がするが)コンクールに出すために、「あいびき」を翻訳したのであった。コンクールに関しては、応募の確認メールは頂いたが、結果に関しては音沙汰なしだった。悲しい。

 翻訳をしていた時、私はペテルブルクにいた(正確に言うとカザンにもいた)。作品の翻訳は3週間くらいかけたような気がする。とてものんびりしたペースだった。散歩をし、翻訳をし、水煙草を吸い、そして翻訳をした。1つの作品にあそこまで真剣に向き合ったのは人生でそんなに経験がない。とても贅沢な時間だった。翻訳は今読み返してみると粗が目立つし、力不足な感じが否めないけれど、それでも私はとても気に入っているのだ。いままで、人前に出したことは殆どなかったけれど、このブログに置いていこうと思う。

 小説の内容は年の瀬には関係ないけれど、思い出しついでということで許して欲しい。外国語で本を読んでいると、読む速度がゆっくりだからなのか、いつも以上に話へ感情移入してしまう。私はアクリーナが泣き出してしまうところでいつも目頭が熱くなってしまう。みなさんももし時間があれば一緒に目頭を熱くしていただけると嬉しい。

 それではみなさんよいお年を。今年は私の乱文乱筆に付き合っていただきありがとうございました。来年もまたよろしくねがいいたします。

「野良犬の夜は長く」特別編 拙訳「あいびき」

りん(samorin)
12月31日

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